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2012年6月16日土曜日

エアコン掃除の参考

この最近、自分の将来の事について考えると、本当に嫌になって、ため息ばかり出る。現状を前向きに捉えたいけれど、そう思うほどに鬱々としてくるのだった。

それに加えて、今年もコイツがやってきた。エアコンの送風ファンのカビ掃除。昨年、大枚はたいて買い換えたエアコンにも、毛玉のようなカビがポツポツ。

娘の部屋が特に多く、これは部屋の中でイモリやウーパールーパを飼ってるせいでもあろう。なのでとうとう、イモリの水槽はベランダに出され、ウパは玄関にお引っ越しだ。

で、今年は考えを変えて、始めからちゃんと道具を作って掃除してみた。道具を造る手間を惜しむと、却って余計な手間が増えるのだ。

(エアコンの掃除屋さんの掃除では、洗剤吹き付けるだけなので、この部分のカビや汚れは奇麗になり難い。ので、この部分に限って云えば、業者さんはあまり当てには出来ないのだ)
 薄くて丈夫な航空合板のスティックに、スポンジを瞬間接着剤で貼り付けた。余分な厚みをハサミで山形にカット。洗剤液に漬けてからハネの隙間に差し込んでゴシゴシすると、奇麗に汚れやカビが取れる。

綿棒でやってみた時は、中々作業が進まなかったが、これは中々具合が良かった。板は航空合板でなくとも薄くて丈夫な物なら何でも良かろう。

写真では、掃除した所と、まだの所が写っていて、違いがお解りであろう。

この作業の前には、必ずコンセントを抜いて電源を切り、下準備に無水エタノールを霧吹きでしっかり吹いて、ウェスで拭き取ってやる。液が垂れ易いので、壁や床には新聞紙を貼っておく事。

エタノールは、水で薄めた物を吹き付けると、機械に悪いので、必ず無水エタノールを使う事。

無水エタノールは、直ぐに揮発して蒸発するので、垂れるほど吹き付けても、作業性には影響しない。

無水エタノールを吹き付ける理由は、カビを先ず枯らせて作業中のカビの胞子の発散を防ぎ、消毒殺菌してやる為。

霧吹きには、無水エタノールを使えない物があります。多くは、濃度80%以下に水で希釈するように書かれてる。ただ、今回のような短期間の使用には問題無かったです。そのまま放置しておくと、問題が出るかもしれませんので、ご注意を。
 スポンジについた、ハネの汚れ。2〜3枚掃除するごとに、洗剤液で洗う。うちのエアコンのハネは一回り36枚が6ブロック、計216枚あります。それを一枚一枚、コツコツと拭いてやる。
 洗剤液は、水と液体洗剤と、エタノールの混合液。カビ用の酸性洗剤は危険なので使わない方が良いです。
作り直したエアコン用掃除スティック。特許でもとりたいくらいに、楽に奇麗に掃除出来ます。ただし、楽と云っても、他の道具と比べての話しですから、掃除自体は大変ですね。

スポンジは、1台分掃除終わる頃には、ボロボロになってるので、また付け替えれば良い。

エアコンの機種によっては、このスティックでも使い難い物もあります。うちのもう一つの古いエアコンがそうだ。これは以前から、稼働中に水分が飛んで来たりして、やっかいだったし、カビの量も半端じゃないし、もう買い換える事にした。

またお金がかかるよ。何とかならん物か、エアコンの掃除。

でもって、エアコン工事の為に、部屋を片付けないといけなくなって、これが一週間かかったよ、はぁ〜・・・泣けてきますなぁ。

2012年2月9日木曜日

卓上ミシンサンダー

以前製作しました、「ブナの友達」シリーズですが、いよいよ、㈱大五木材様のサイトでネット販売される事になりました。ドキドキ・・・

友達の少ない私が云うのも、おこがましいですが、木の玩具に興味の有る方は是非、「ブナの友達」と友達になって下さいませ。プロレスファンの方も、宜しくお願い致します。

販売の詳細はこちらのページでご覧下さいませ。
 さきに完成した細ベルトサンダーですが、改良点を加えました。ベルト送りのベアリングを一つ増やして、ベルトの張りを強めました。

加えて、モーターの吸気穴のある部分に、粉塵が入りやすかったので、合板でフェンスを作った。なので、写真ではモーター本体が見えなくなって、プーリーだけ見えてる。
 追加したベアリング(中央)。
ベアリングが4つ3つも付くと、サンダーというよりミシンみたいです。それで、この機械をミシンサンダーと名付けました。
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松山もさすがに今日は冷えました。外の仕事では、下に暖かいシャツを着てるので、寒さには大抵耐えられますが、今日はそれでも辛かった。足元が足袋に草履なのが、更にいけない。

外の仕事は、こういう季節の場合、丁寧に仕事をすると、メーカーの担当者様から嫌がられてしまう。なので、手を抜きますって云うと、お客様からも笑顔で拍手が起こる。手抜きを公言して喜ばれる仕事は、中々無いかもしれない。

今夜のカルタは、坊主めくりをして遊んだ。坊さんの絵のカルタを引くと、手持ちの札が全部無くなるのだけれど、お坊さんもババ扱いされては、さぞや・・・心苦しかろう。

2012年1月10日火曜日

文鳥の文太くん

外の仕事してたら、お客さんの子供(小1くらい)が、「あ!お地蔵さんが、歩きよる!」なんて、しきりに騒いでる。

仕事終わってからその子供に、「そう云えばキミはさっき、お地蔵さんが歩いてる、なんて云ってたね。」「オジサンも見たいなぁ、何処に居るの?その歩くオジゾウサンは。」「ねぇ、教えて〜。」なんてしつこく云ってやると、「お地蔵さんは・・・居らんかった。」なんて、しおらしく答える様も、いとおかし。

昨晩、コタツの部屋の床に文鳥のカゴを置いて、寝転んで一緒にテレビを見ていたら、文鳥が人恋しいような?感じで、壷巣から顔を寄せて見ているので、いつもより長めに、口笛で子守唄など唄ってやると、目を閉じて気持ち良さそうに眠ってくれる。

クチバシを微妙にカチカチやったり、喉を鳴らしたり、たぶん甘えてる仕草なのだと思うけれど、そう云う所がいつもカワイイ文鳥です。

普段は仕草の荒い娘に敏感で、傍を娘が通ると緊張してるのだけど、それも無く随分深く眠るので、そのまま定位置の玄関まで、カゴを戻して電気を消してやった。

文鳥が、動かない事に最初に気が付いたのは、翌朝、学校に出かけようとした娘で、この文鳥を飼うと最初に言い出したその本人だったのは、何かの因縁かもしれませんね。
眠った姿そのままに、命を終えた文太くん。良く永く生きてくれました。
 文太君を抱えて、山中の葬列。2年前に先に死んだ、メスの文ちゃんの隣に埋めてやります。
目印の苗木と共に。この苗木も、この2年で少しは背が伸びました。文ちゃんと、仲良く眠って下さいね。

帰りは皆、無言で山を下りました。

2011年9月26日月曜日

我が心の?焼き畑

 今日(日曜日)、NHKで夜の9時から、宮崎県の椎葉村で、焼き畑を営んでいるお婆さんが、紹介されてましたが、以前、同じくNHKで見た、アメリカの絵本作家ターシャの庭と、同じくらいの感動がありました。

現在日本で、昔ながらの焼き畑を行ってるのは、宮崎県と高知県くらいだったと、思いますが、なかでもこの宮崎県の椎葉村は、生きている焼き畑文化の残る、貴重な地域です。

上の写真は、10年以上前に私が撮った、椎葉村の写真。その頃は、愛媛大学農学部の学生にくっついて、大学の演習林で、焼き畑実習に一般参加してたのですが、一度だけ、椎葉村での実習も参加した事がありました。。なので、今日のテレビは懐かしく、興味深く見てました。

焼き畑は、外国では自然破壊を助長する農法として、現代では捕鯨並みに嫌われている農法ですが、自然のサイクルに組み込まれた、日本古来の焼き畑ならば、むしろ自然とともに生きる事の出来る、最良の農法でもある筈なのです。

また、焼き畑文化は中国〜東南アジアを広くまたぐ共通の、文化要素を多く保有していて、日本の文化的な深層を探るには、稲作文化と並び、とても重要な農耕文化なのです。

もし、日本人が昔の生活に戻りたい、と本気で考えるなら、焼き畑を伴った農耕の復活も、考えて良いくらいです・・・と思う。
写真は、椎葉村で火を入れた所。斜面の一番上、尾根沿いは奇麗に掃除がしてあって、防火帯になってます。今日のテレビでは、火は上から付けてましたが、この写真でも上から付けてますね。そのほうが、火のコントロールがしやすく、煙にまかれにくい。

私は、椎葉村含めて、3回に火入れに立ち会ったのですが、3回とも上手く焼けなかったのでした。椎葉村では前日雨天だった、せいもありますが。

薪がいっぱいあるのに、ちっとも燃え広がらないのです。一本のタバコで山林火災になる時も有れば、大人数十人がかりで火を付けても、燃え広がらなかったりで、自然は難しいものです。
こちらは、愛媛県内の演習林で、火を付けた時の写真。煙は出てますが、燃え広がりませんでした。この時は、下から火を付けてます上からつけてるか?。なので、しかし煙にまかれて、随分煙たい思いをしました・・・教授も学生も、焼き畑は素人なので、仕方有りません。

テレビ観て、思った事には、おそらく、演習林では針葉樹の生木の枝が多かったのが、不完全燃焼の要因だったかもしれない。
焼き畑する、私。藍染めの野良着や、民族衣装、焼き畑農耕文化などに、とても興味を持ってた頃です。そう云う世界で生きられたら良いなぁって、思ってましたが、それはひ弱な私が入れるような世界では、ありません。

今回、テレビに出てた、椎葉村のお婆さん(名前も椎葉さん!)が持ってた、「焼き畑用の小豆の種」など、いつまでも後世に残して頂きたい物ですが、しかし、焼き畑文化自体、もう半世紀もしないうちに、全て廃れてしまうかもしれません。

記録は残っても、種が無くなれば、焼き畑の復活は、相当困難になるでしょうね。

なんだか、珍しく焼き畑が良い意味で、紹介されてて、随分興奮してしまった、日曜の夜でした。