2011年6月3日金曜日

第13旅 特大

 出発の夜、友人宅で、車の貨物室一杯に、隙間無く詰め込まれた荷物。見えてるのはみ〜んな、友人の荷物。座席シートは傾ける事も出来ず、苦難の車輌移動を体験する事に、なりました。

夜10時頃出発し、瀬戸大橋を使って本州に渡り、大阪からは北上して日本海側のルートを通り、新潟で磐越自動車道を東進、途中から東北自動車道を北上し、白石ICで降りて、翌日の昼12時頃に、宮城県亘理町に着きました。

約2時間で運転を交代しながら、進みましたが、90度に近い背もたれの、狭いシートで寝ますから、起きると首が痛いは、眠りも浅いはで、ほぼ不眠に近い状態でしたから、ずっと、睡魔との格闘でした。
 新潟から福島に向かう、磐越自動車道までくると、自衛隊車輌を頻繁に見かける様になりました。そうなると、二人ともやや、目つきが輝いて来ます。自衛隊車輌には必ず、バンパーなどに部隊番号や職種が記されてますから、それを読むのに忙しくなる。

中でも対向車線には、愛媛松山の地元部隊、第13旅団特科大隊のマークのトラックが頻繁に、通り過ぎて行きました(写真上)。丁度、私達と入れ違いに、撤収したようです。もちろん向こうは、私達の事など知りませんけど、地元の現職部隊の代わりに、今度は我々がしっかり働こう、なんて心に誓った二人であった(ウソ)。
 ようよう、亘理町に着いて、指定の広場にテントを設営し終わった所。ボランティアセンターの、すぐ近くの駐車場広場がテント村になってました。中には、1ヶ月以上もテント泊されてる、ベテランの方も居られました。
テントサイズは6人用タイプ。両端にベット、中央にテーブルを置いてます。ベット下が荷物置きに使えて便利です。キャンプ生活でもベットを使えば、冷気や湿気の、寝袋への侵入を防ぎ、夏の熱気も和らいで、快適です。

愛媛県との気温差も、日中はそれほど感じませんでしたが、雨上がりの早朝は流石に、肌寒く感じた事は、有りました。途中、台風も来ましたが、5日間のテント生活は快適に、過ごす事が出来ました。

2011年6月2日木曜日

「災害派遣等従事車輌証明書」の顛末

今回、復興支援に参加させて頂いた拠点は、宮城県亘理町の災害ボランティアセンターでした(上写真)。

同行した友人の、その友人に、この町出身の方がいらっしゃって、しかも、そのお父様が、こちらのセンターで働かれてる、という事でしたので、そのお父様のご尽力で、例の「災害派遣等従事車輌証明書」の手配をして頂けた、訳です。
上写真が、宮城県から発行して頂いた、証明書(コピー)。手配してくれた、友人の名前と、私の車の登録番号で申請してます。つまり、今回は偶然が幸いして、得られた証明書です。

ですから、全く人的な繋がりの無い方が、被災地のボランティアセンターや、県の担当部署から、証明書を発行して貰えるかどうかは、解りませんし、おそらくは今も難しいのでは、ないかと思います。

しかし、過去に実際に活動した事のある、ボランティアセンターを再び訪れる場合は、そのセンターからの承諾書を頂けるそうで、それを市なり、県なりの担当部署に提出すれば、証明書も発行可能なようです。

当然、悪用の恐れがありますから、行政側が慎重になるのも、理解出来ます。しかし、今のままでは、自主的なボランティア活動の妨げの、要因になり続けてしまいますね。

後続のボランティアから、聞く所に寄れば、愛媛県も松山市も、証明書の発行に前向きになって来てるようです。或は先に自費で出向き、後から活動証明書などを提出して、高速料金を補助してもらう、などの手段も、今後はとられれば、良いかと思う。

・・・ところで、実際に高速道路の料金所で提出した書類は、これではありません。松山市とは少し離れた、西条市の役場に勤めている友人が用心の為にもう一種類、自分の市の担当部署と交渉して発行してもらってた、別の証明書を使いました。

何故かと云えば、海に囲まれた四国の人間は、瀬戸内海に架かる橋を渡らねばならないのですが、高速道路の管理会社と、橋の管理会社がそれぞれ違いますので、それぞれの往復で証明書を提出する、必要があったのです。

宮城県からは、これ1枚しか送られて来ませんでしたが、西条市では宮城県の方式とは違って、10枚一組証明書を発行してくれてましたので、高速道路公団向けに往復で2枚、橋の管理会社向けに往復で2枚、計4枚を提出する事が、出来た訳です。

高速道にしろ、橋にしろ、料金所の出口では、通行券と証明書をセットで提出しないと、いけません。本州では、或は往復を一枚の証明書で、通行可能かもしれませんが、四国から出向く場合は少なくとも、4枚の証明書がセットでなければ、全額免除とはなりませんね。

今回は、友人の手回しが功を奏して、全額免除となりました。他の県や市の役場の書式が、どうなってるかは、解りませんが、案外バラバラで、それぞれの役所が勝手に発行してる感じです。

ですので、この記事が他の方の参考になるかどうか、解りませんので、詳しい事はやはり、それぞれの地域の役所の担当部署に、直接問い合わせて、交渉される事を、お勧めします。

2011年5月5日木曜日

ヤマドリ警備艇、ヨーソロー。

 一日、仕事挟んでまた今日も、お休みを頂きました。有難い事です(母の機嫌が良かったので)。妻の用事で、砥部町にあります県立の遊戯施設「子供の城」に、親子で出かけました。

妻は、お話会のボランティアで、「移動紙芝居」なる物を、子供の城敷地内で数回、公演せねばなりませんので、その間、私と娘は施設の裏山をパトロールしてきました。
隊長の指差してる所は、元々遊歩道があった所ですが、今は閉鎖されて、すっかり薮に覆われてます。ので、この道を重点的にパトロールして、異常がないか調べました。
 アリの巣を掘り返して、嬉しそうに眺めている娘。私も子供時代は、こうやって一日時間を潰していました。
 娘の好きなトカゲが、ひなたぼっこしてます。今日はとても日差しの暑い日でした。
 施設内には、池もありましたので、こちらもパトロールの必要があります。それで急遽、第12号ヤマドリ警備艇を、本隊からヘリで空輸してもらった。
 船首に突き出てるのは、新型の偵察レーダーです。池から侵入者が渡って来ない様に、夜間の暗闇の中でも、見張る事が出来ます。

点々と浮かんで見えるブイには、侵入防止ワイヤーが繋がれていて、侵入者のボートは、このワイヤーにスクリューをとられて、動けなくなる仕組みです。実際に、パトロール中にも数艇が、罠にかかって動けなくなってるのを発見し、本部に通報致しました。

船首正面、12時の方向に「子供の城」本丸の屋根が見えてます。4つの屋根からは、衛星通信用のアンテナがそそり立ってます。
 パトロールの後は、やはりお約束のオヤツ。今日はメロンフローズン・オンザソフトを食べました。
「移動紙芝居」の任務を終えて、無事帰還した隊員Bと合流。後ろに見える黒い自転車と木の箱が、子供の城に数台配備されている、「九七式自走2輪野外紙芝居車」。何処にでも手軽に運べて、紙芝居を上演出来るように、設計されてますが、上り坂が苦手です。

夜は、「借りぐらしのアリエッティ」のリバイバル上映を、観に行きました。やはり、良い映画でしたね。

そんなこんなで、大変充実した一日だったなぁと、思ったのですが、家に帰ってみると、娘の塾から留守電が・・・。今日は塾の日だったそうな・・・。まぁ、もうどうでも良いやって事で、今日は早く寝ます。

2011年5月3日火曜日

ワラビとイタドリ

 毎年恒例の行事となりました、久万高原町の竹森ガーデンでの、果樹園オーナーズフェスタに、またまた、代理参加してきました。

その前に、私の母も連れて4人でワラビ採りをしました。昨年娘と二人でワラビをとった場所です。今年も沢山生えてました。何処か一カ所、成る可く人知れず、ワラビの生えてる場所を確保しておく事は、人生を豊かに過ごすうえで大事な事です。

で、娘はアミガサタケを見付けては、大喜びでした。
 ワラビもズッシリ採りましたので、その足で竹森ガーデンへ向かいます。りんご園ではリンゴの花が奇麗に咲いてました。香りも良かったですが、リンゴの香りがする訳ではありませんね。
 で、娘とその母は、イモリコーナーでイモリと戯れます。
 おや?オーナーズフェスタのスタッフさんが、忙しく写真をパチパチ撮ってますね。誰かと思えば、(株)大五木材の高橋様。今回もお世話になりました。
今日穫った、ワラビとイタドリ。山で沢山生えてる写真は、採るのに夢中になってたので、撮れませんでした。後数年は、同じ場所で採れそうです。幸せだなぁ。

2011年5月1日日曜日

面のデカイ新顔

先日買った「メンピサン」丸棒3ミリ径でダボを作って、さあ、車軸とタイヤの固定をしようと思いきや、どうも素直に作業出来ない。

良く良くダボを見てみると、穴径より少しサイズが太い感じがする。ので、以前使ってたラミン丸棒3ミリと比べてみると、見た目からして、明らかに違うではないですか!

写真の上が「メンピサン」丸棒、下が「ラミン」丸棒で作ったダボ。
実査にノギスで計ってみる。上の写真はメンピサン丸棒3ミリ。実測は約3.2〜3.3ミリ。
こちらはラミン丸棒3ミリ。実測は約2.9ミリ。
写真上がラミン、下がメンピサン。

0.3〜0.4ミリ、違います。この差は大きいです。ラミン丸棒は、3ミリ径のドリルで空けた穴に、心地良い抵抗感で収まりますが、メンピサン丸棒は、相当な圧を加えながらでないと、入りませんし、或は、入らないと云っても良い。

さて、困りました。また作業が中断です。今後はメンピサン丸棒用に、3.3ミリのドリルも購入せねばなりませんね。

もう、空けてしまったパーツの穴径は変えられませんから、ラミン丸棒の3ミリが残ってないか、ホームセンターでもハシゴしてみましょうか。

2011年4月12日火曜日

祖父と面とフキノトウ

 父親の実家は、現在の住まいから、遠く海を隔てた広島県の山の中に、あります。先日、久方ぶりに、その田舎に行って参りました。

子供の頃から、こちらにお邪魔した時は、実家の裏山を少し登った所にある、お墓に行きます。ただし、私とは何の関係もないお墓ですが、この空気感が好きなんです。私はこういう所で土になれたら(私は風にはならん)、この世に産まれて肉体を得た甲斐も、あろうかと常々思う。

でも、関係無い墓なので、他所者は当然入れませんです。突き当たりの正面は今は開けて、明るい墓地ですが、子供の頃は崩れかけた廃屋が建っていて、また違った趣がありました。
 墓で大きく育った栗の木に登って、物思う娘。もちろん、私が登らせて、ポーズをとらせましたんです。
 実家の向かいの、他所んちの田んぼや小山を散策しながら、小鳥を観察して楽しみました。標高が高いので、フキノトウがまだ、畦に生えてました。ので、穫りました。
 これは、本年ヨワイ百歳を迎える、祖父が彫り上げた面で、ございます。祖父は若い頃から、村の神楽で使う面を、見よう見まねで彫り上げてから、今日に至るまで、数限りなく(千個以上)面を彫り上げて来た人ですが、彫った面は皆、人に譲ってますので、手元にはあまり残ってません。

この面は、私がお伺いした日の前日に、百歳を祝う親戚の集まりがありまして、そこで各家族やお世話になった方々に、送られた物です。

私は一日遅れでお伺いして、頂きましたが、百歳の祖父はこの日の為に、1年かけて数十個(細かな数字は聞いてないので良く解りませんが)、この面を彫ったそうです。まぁ、なんというバイタリティで、ございましょう。

ただ、真っ白な肌に、真っ赤な唇の、このオジサンのお面を部屋に飾った所、どうも、夜中に便所に行き辛いような、気配も漂うのが、難点でございます。

もちろん、若い頃の作品は、もっと仕上げも丁寧ですが、眼、鼻、口、アゴのラインというか、彫りの趣は、昔から変わらぬ、祖父の面の表情です。
祖父の、百歳を迎えてなお、野球グローブのような逞しい手と、ひ弱で頼りない私の手と、小さな小人の手。握手してみると、握力も70以上は確実にありそうに、感じられました。

愛媛からでも、瀬戸内の橋で本州と繋がってからは、車で日帰りで通える様に、なりました。昔は片道だけでも、朝出たら、着くのは夜中でした。私の真っ暗の原体験は、その頃の記憶のようです。

穫ったフキノトウは、唐揚げにして、塩かけて、美味しくいただきました。

2011年4月5日火曜日

野救訓・担架搬送之部/其之四

さて、いよいよ野外担架搬送訓練です。わざわざ、4回に分けてまで、載せる程の記事でもありませんが・・・。
 始めに紹介した、シート巻いた担架を作り、搬送患者の代わりに、毛布を詰めた大型リュックと小型のリュックを載せます。これで総重量が10kgくらいでしょうか。

黒い小型のリュックが頭という事に決めて、進行方向に患者の足を向けてる想定です。例によって、無灯火での山中搬送です。

担架は、持ち上げる時が大事で、搬送者は自分の腰を痛めない様に、注意しないといけません。なので、持ち上げる時は、腰を落として背中を反らせて、合図を決めて同時に持ち上げます。

ちなみに、二人の小さな隊員達では、私の体重(約75kg)は、持ち上げられませんでした。
片膝立てた姿勢で上げ下げするのも、搬送者の腰の保護には良いですが、患者が重い場合はふらついて危険かもしれません。それぞれケースバイケースの様ですが、教範通りに背中反らすのが一番無難なようです。
 上り坂でも、担架の水平を保って進みます。階段上がる時などは、頭を進行方向に向けるようですが、暗い山中の裏道では、向きを変えられる環境では無いので、そのまま進んでます。
帰りの道は、搬送者を交代して、元の道を戻ります。このような障害物もあれば、手前で一旦担架を降ろして、搬送者は向きを変えて向かい合う体勢で、運ぶのが良いようです。 

今回は軽い荷物を運ぶだけでしたので、こういう障害物も乗り越えてしまいましたが、実際に人間を運ぶとなると、そうたやすい作業ではなさそうです。
 下りの急な坂道も、写真の様に向かい合う体勢の方が、担架を水平に保ち易く、安心して降りられましたが、実際の現場では、どうなんでしょうか。私は知りませんので、誤解無い様にお願い致します。

現実的には、大人を長距離運ぶ場合、搬送者が大人2人でも、難しいかもしれません。担架の搬送は傍にもう一人補助者が付いて、最低でも3名で運ぶのが基本らしいですから、今回の訓練は、あくまでもレクリエーション的、体験訓練として考えて下さい。
 最後に、個人搬送の要領を体験。負傷者をおぶったら、足から自分の腕を出して、相手の腕を掴む方法。ランドセル背負ってる感じですね。こうすると、相手の上体が自分の肩より上にきやすいので、重心が上に上がって、軽く楽に感じられます。
こちらは、相手の腕をクロスさせて持つ方法。どちらもオンブする事には、変わりません。実際にやってみると、担ぎ易いのが解ると思いますが、しかしこれでも、隊員Aではヤマドリ隊長は、運べないようです。隊長は、ケガしても自力で歩けって事か。

今回の訓練も、各隊員からは好評を得たのですが、隊員Aは特に、この個人搬送の訓練がお気に入りで、久し振りに両親にオンブしてもらって、ご満悦って事らしい。・・・いつか山で怪我したら、運んであげるから、楽しみにしてなさい。

2011年4月4日月曜日

野救訓・担架搬送之部/其之三

簡易担架製作の3回目。私の個人的好奇心から、コンビニで買える材料使って、作ってみました。なので、以下の記事はあくまでも参考までに、お読み下さい。
 準備した材料は、竹棒、コンビニで買ったビニールテープ、梱包用布テープ、ビニール紐。それから山で拾った倒木をカットした物。ただし、今回は紐は使いませんでした。
 カットした枝を、竹棒に対して井桁に組んで、ビニールテープを巻き付けて固定します。枝は担架の上側に付く様にします。
 井桁に組んで固定された竹棒に、梯子状に梱包用布テープを貼って行きます。テープは、最低でも二重に貼らねば、直ぐに破れてしまいます。重ねて貼る程、強度が増しますね。

井桁に組んだ枝の横木より上にも、テープを貼りますが、ここに頭を乗せる訳です。
 完成した、簡易担架。もう日も暮れて、急いで作ったので、何となく頼りなげですが・・・。
 こんな風に搬送患者を乗せます。体重は足首と首の下に掛けた横木が支えます。ので、本当はもう一本、横木を腰のあたりに組むと良いですね。ただ、これでも小柄な女の子なら、運べるようです。

梱包テープは、切り目が入ると、一気に裂け易いので注意が必要でしょう。本来ならば、ロープなどを張って支えとするべきですが、今回はあくまでも、限られた資材で工夫して作る、という事が主眼でしたので、こういう物も作ってみました。

また、ロープワークは、私も含めて苦手な人のほうが多く、マニュアルにあるように、しっかり奇麗に張るのは素人には困難ですが、ビニールテープと併用して、竹棒にロープを張ってやれば、簡単迅速に作業が進みそうです。

で、そこまでしたかったのですが、暗くなったので、製作訓練はここで終了。
お約束の糧抹補給。お腹も少し癒されたらば、いよいよ実際に簡易担架を使った、搬送訓練を行います。一回目で写真も載せましたが、詳しい記事は次号に乞う、ご期待。

2011年4月3日日曜日

野救訓・担架搬送之部/其之二

簡易担架の製作その2です。今回は上着を使った緊急処置的な担架製作ですが、この手のマニュアルには必ず出てきます。実際にやってみましょう。
上着の第1〜第2ボタンを外したら、 担ぎ棒になる棒を、服のそでに深く差し込み、写真のような前屈みになります。
 補助者は上着の裾を裏返しながら、棒の方へ引き抜きます。
 袖が棒に入ったまま、身体から裏返しに引き抜いた上着。頭がスムースに引き抜けられる様にする為に、上着のボタンを予め数個、外しておく訳ですね。
 マニュアルでは、着装してる上着を引き抜いて、担ぎ棒を潜らせて作るのが定番ですが、そうしなければ、作れないって訳ではなく、写真の様に上着をそのまま、直接袖から棒に通して、裏返して作っても同じです。・・・この方が作り易く、早いかも(笑)。
大人を載せるには、最低3着は必要です。服のサイズや載せる人の体格にもよるでしょうが、5着も通せば充分でしょう。

この方法の長所は、大きな面積の布が無くても、2本の棒さえ手に入れば、担架が作れる事ですが、極寒の真冬は、上着を脱いだ搬送者の体温低下が心配ですし、真夏の軽装(Tシャツ)では、強度が足りませんね。

それに、沢山の上着が必要、という事は、人間もそれだけ必要って、事ですね。担架は4〜5人で搬送するのが理想ですから、丁度良いのかもしれませんが、何となく、コストパフォーマンス?の悪い方法です。

2011年4月2日土曜日

野外救命訓練・担架搬送之部/其之一

 本日、夕方より夜間にかけて、ヤマドリ警備隊は、野外救命訓練を実施いたしました。ヤマドリ隊長以下、総員3名の隊員達は装備を整え、いつもの秘密訓練場に向かいました。

今回のブログ含めて、4回シリーズで、その詳細をご報告致します。1回目は、ビニールシートと竹を使った、簡易担架の製作手順。
 長さ2mの、やや太めの竹と、ビニールシートを用意します。ビニールシートは、レジャーシートほどの広さが有れば、充分です。マニュアルなどでは毛布を使用するのが一般的ですが、今回は野外活動中の想定ですから、ビニールシートにしてます。

このシートは、雨天でのテント訓練にも使った物ですから、一つの素材を多用途に使う意味でも、良い訓練素材になる。

先ずは、シートの三分の一の所に、竹棒を置きます。
 竹を巻き込むように、折り返したら、合わせ目の手前に折りシロ作り、もう一本の竹を置く。この折りシロは、幅が広い方が抵抗が増えるので、良いです。
 折りシロを折り返し、
 残りも折り返して、重ねます。毛布で作る場合は、これで完成ですが、
 このシートは、横幅が広かったので、余分な幅を再度、反対に折り返します。
完成後は、実際に隊員が乗って、使用に耐えられるか、確認しました。毛布と違って、厚みや、生地表面の抵抗の少ないビニールシートですが、大人の体重にもほどける事なく、使えます。

写真は完成した簡易担架使っての、負傷者搬送訓練中のスナップ。乗せてるのは、負傷者に見立てたリュック。

今回使った竹は2mと、山歩きの杖として使うには長過ぎますが、長すぎて不便、という事もないので、遠出の山歩きなどで、使ってみたいと思います。その時はもちろん、レジャーシートもリュックに入れて、持って行きます。

注)このような簡易担架使った、少人数での搬送には、搬送中の事故によって、搬送患者に二次災害が生じ易い事を、知っておく必要もあります。

其之二に続く。