ラベル 子育て日誌 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 子育て日誌 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年12月8日土曜日

作者名は内緒

娘のデッサン。おそらく、普通に真面目に描けてるのだろうと思う。自分に経験が無いから具体的にあれこれ云えないが、不可なく可もなくといったところか。画面に上手く納めてあるのと、真面目さが伺えるところを、娘に云って褒めてやったら、喜んでいた。

それより、父さんが驚いたのは、3年生の作品。3年生ともなると皆、それなりに上手く思える物を描いてますが、この子の作品は別格だったなぁ。
写真だと全く伝えきれませんが、この作品には参りました。素晴らしい!!!

それで、この子ならもう名前も知られているのではと、検索もしてみたら、昨年の某アートコンテストで2点入賞されていて、そのうちの一つが下の作品。
McCarthy媛子「嘶く・絶」 「人間ですものな」
もう、十分プロではないですか。もうちゃんと作家ですねぇ。凄いです。ただ、この絵よりは最初の未完成っぽいタッチの人形の絵のほうが、好きですが。
それでもって、その子の自画像。これも素晴らしい。面白い。自画像に心震えたのは初めてだ。父さんはさっそく娘に、この先輩と是非とも友達になれ!なんて、勝手な指令も出したりしたのだ。

すると娘は、「まるで嫉妬してるみたい」と私に云うので「そうだ、父さんはこの人に凄く嫉妬している。そうでなきゃ、感動なんてしないだろう!」と、熱く言い返してやった。

娘がこの先輩と少しでもお話が出来れば、先生に教わるより遥かに刺激が大きい筈だ、と、私は直感したので・・・あった。

2012年11月16日金曜日

「うん」

娘がデッサンの補習で夕方遅く帰るようになると、私のほうも遠慮があって、走りに誘いにくくなる。なので走る回数もめっきり減って来たのが、父さんはツマラナイので、今日は夕食後、数時間おいて夜の9時から走る事にする旨、娘に告げた。

基本的に断る事をしない娘は、「うん」と承諾してくれた。走りに行くまで数時間あるのでしっかり勉強するように、付け加えておいた。

娘は美術科なのだが、普通科のような一般教養を教える先生方には、授業に熱が入らないようで、困っている。お金を払っているのだから、例え美術科とは云え一般教養もきちんと教えるのは先生の側の義務だと思うのだが、直接受験と関係がなくなれば、先生も気が緩むのだろう。

それなら、それなりに親の側で考えてやらねばならない。ので、娘には本を読ませている。あくせく受験勉強しなくていいなら、あくせく本を読みなさいって、事だ。

・・・それで、9時になって「走りに行くよ」と、娘に声をかけたらば、返事が無い。本を読みながら寝てたようだ。「それは睡眠学習か?」と聞けば、睡眠学習という言葉も知らないようなので、そこから説明してやった。

夜の公園を走りながら、学校での出来事を色々話してくれるのは、昔から変わらない。公園のお堀に丸く可愛い鳥がいるのを「ゴイサギ」だと娘から教わる。

走り終わって家に帰って風呂から上がって、くつろいでる娘に「今日も幸せだった?」と聞くと、また「うん」と答えてる。幸せな家庭をつくるのも、色々と創意工夫がいって大変なのだが、幸せと思ってくれたのなら、今日も一日生きた甲斐があったというものだ。

2012年11月2日金曜日

たりたり

 先日、娘の高校の文化祭に出かけた。生徒作品の参考展示で娘の鉛筆デッサンも出展されてたのが、「あら、良かったねぇ」って感じだった。本人も内心得意だったろうと思われる。

私は、デッサンをした経験がほとんど無いので、評価の仕方が解らないけれど、鉛筆の運びに娘の性格が現れてるように思えた。雑だけど、本人なりに真面目に工夫してる、そんな印象だ。

娘は、与えられた目の前の課題には、真面目に一生懸命取り組んでますが、さて、将来自分が何をやりたいのかは、おそらく見当がついてないと、父さんは見ている。放っておいても自主的にやってる事が、やりたい事ではあろうけれど、実は彼女にはそれが無い。

取り敢えず、美味しい物を食べて、親と楽しく過ごしていたら、それで大満足感プンプンなのだ。それはそれで、親として嬉しいが、手放しで喜んでばかりはいられない。
それだから、娘の自己啓発を兼ねて、一緒に走ったり、山登ったり、映画みたり、小説や漫画読ませたり、プラモデル作ったり、させるのだけれど、そうする程に娘の親離れ、或は親の子離れが進まないのかな?なんて思ったりもする。

それでも、父さんがあまり深刻に悩んでない理由は、彼女は比較的人に好かれやすく、友達もそこそこ居るからだ。他人と仲良く出来れば、社会に出てからの事は、それほど心配は要らないだろう・・・と、思っている。

2012年8月23日木曜日

かしこまって長々と

 新作です。映像では色合いが上手く出ませんが、大体こんな感じ。
 単純でボリュームがあれば良いなぁと思ったのですが、仕上げの手間は結構かかりました。値段をつければ、こんな物でも結構なお値段になりマス
仕上げ塗装は液体ガラス。そろそろ、使い慣れてきました。まだまだでしょうが、使えそうです。

先日の夕方、妻が公民館の講習会にお出かけしてたので、娘と二人で晩ご飯を食べることになったのだけれど、娘もすでに学校の補習が始まってて、夕方遅くになって帰ってくる毎日。

娘が帰ってきたら、妻が作ってくれてた夕飯を準備する私。娘が着替えてる間に飯をよそって箸を置いて、麦茶を出して、コップを出して・・・

甲斐甲斐しく準備する私を尻目に「いただきま〜す。」なんて、一人で先に座って食べようとするので、「おや?・・・わざわざ父さんがアナタの為に、ご飯の準備をしてあげている最中だというのに、一人だけ先に座って食べるというのは、いかがなものかな?」と疑問を呈すると、「あ、そうか」なんて、ばつの悪そうな笑みを浮かべる娘。

「相手がお父さんでなくても、先に一人で食べるのは、人として宜しくない事ではないのかな?」と、娘に教育する事でした。

とはいえ、先に食べてもらう事も多いけれど、その時は「先に食べといて」と、云ってある時なのだ。

年齢に関わらず、子供に注意する時はついつい言葉短く喋ってしまいがちですが、こんな風にわざと長めでかしこまった解説風の文体で喋ってやると、大人の感情の毒気が中和されて良い結果が得られやすい。

そして、なんであれ、娘と会話出来るのは楽しい物なのだから、なるべく長く喋ったほうが、得なのだ。

2012年7月12日木曜日

ふくらはぎ

娘に、長靴を買ってやる事になった。私が仕事で出たついでに買うので、サイズと好みの色柄などを尋ねておいた。

我「ハートマークのいっぱい付いたようなのは?」娘「え〜、それはちょっと・・・」我「キティちゃんのイラスト入りとか?」娘「私、もうそんな歳じゃないし・・・何も柄の無い黒っぽいのが良い。」我「ぢゃあ、カエルさんの顔の付いたやつは?」娘「あ、それならいいかも。」・・・カエルなら良いのか、その歳で。

ホームセンターで買ってきたのは、女性物の艶消しの黒っぽいヤツ。「本当に、カエルのを買ってくるのかと思った。」と、娘。

アナタはまだ私の事を良く理解してないね。私はとても真面目で保守的で気の小さいツマラナイ人間なのだ。高校生の娘にカエルの長靴買う勇気なんて、ありません。そんな人間ですが、この十数年間はアナタの為に、一生懸命に変わった父さんを演じているのですよ。

長靴は予定のサイズが無く、買ったのはやや大きめのサイズでしたが、履いてみたら丁度良いとの事で、良かった。が、それよりも長靴の入り口のフクラハギの部分が、もうほとんど隙間が無いではないか!足のサイズに対して、フクラハギが異様に発達している娘。

力を入れさせると、硬球のような力こぶが・・・。娘は「これは、お父さんのお陰やね。」と、私のいつもの台詞を先に云って、嬉しそうだ。

「頑張った分、ちゃんと形に残ったね。」と云って、頭を撫でてやった。スポーツに関心の無い娘を、スポーツ以外の方法で、かくも逞しくした私の努力が素晴らしいのは云うまでもないが、それに付いてきてくれた娘の素直さは、おそらく将来、彼女の人生を良い方向に導く指針となってくれるに違いない、と、私は思うのであった。

しかし、腕や手首などは私に似たのか、ヒョロヒョロと細く頼りない。これからは腕のほうも少し鍛えてやらねばならない。申し訳ないが、私が私以外に救ってやれるのは、自分の家族くらいしか無い。

でさっそく、部屋でナイフ格闘訓練に誘ったら、今日は宿題で忙しいとの事。ああそう、それじゃあ、仕方ないね。しかたないので、部屋で一人で格闘訓練をした父で・・・あった。

2012年7月7日土曜日

粗末にするなよ

娘はずっと、髪を長く延ばしてましたが、先日の事、妻の友人の美容室でサッパリと短くカットしてもらった。

その時に妻の友人から、「私がいつも、お父さんの変な運動に付き合ってあげてるのが、偉いねぇって云われたんよ。」と、今日も公園で変な運動した帰りに、鼻息も荒く得意げに話してくれた。

「それは、アナタが偉いんではなくて、そう育てたお父さんが偉いんじゃぁないのかな?」と、反論する父。娘の性分の多くは、私の貴重な人生の時間を削り取った、そのカケラの積み重ねで出来ている。くれぐれも、無駄に、粗末に使うんぢゃあ、無いぞ。
 公園のお堀に住む水辺の宝石、カワセミ。このカワセミを写真に撮ろうと、大きなカメラを据えて狙ってるカワセミオジサンも、良く見かける。

その内の何人かは、私の妻や娘に、カワセミの事を熱く語ってくれたそうだ。カワセミオジサンも、聞いてくれた小さな相手がいて、さぞや嬉しかった事だろう。
 私のカメラでは、ズームでは粒子が粗くなって駄目だ。この辺が精一杯。こんな風に、途中途中に色んな鳥が見られるのも、娘が私に付き合ってくれる、隠れた理由の一つだ。
カワセミに真似た訳ではないけれど、こんなのも製作中。感覚的なデザイン重視で、これは何?なんて事は、考えないのだ。

作家として生きるなら、売れようが売れまいが、人気あろうが無かろうが、こういう(少なくとも自分には心地良い形)のを永く続けて製作して行くしか、無いのだろうな。

2012年6月18日月曜日

扇風機の実物大

扇風機を買った。娘の部屋用なので、娘に組み立てさせた。こりゃあ、大きなプラモデルだね。実物大じゃあ、ないですか。
 家電家具など、一人で組み立てるのは始めてな娘。こう云う事はついつい、親が自分でやってしまって、子供に触らせる機会を失ってしまう。
 組立てと云っても、ねじ回しなど要らないので、難しくは無い。あっという間に組み上げて行く。

今日も楽しい学校生活だった娘。それでも本人は、楽しい事ばかりではない、という。「自分の実力の壁にぶつかっても、じっと自分の絵を正面から見つめて、逃げずに一人で立ち向かって行くのが、苦しいんよ。」だそうな。

ふ〜ん、それは良い苦しみですね。じゃあそうやって、たまには自分の部屋でも見つめて、正面から立ち向かって行って欲しいね・・・と云うと、「父さんはすぐにそっちの話しに向けて来る。」と、不満げなご様子。

そりゃあ、絵の事は、アナタはきちんと学校で先生に習ってるのだから、もうお父さんが口を挟む余地は無いけれど、学校から帰ったあとの生活の事は、まだまだ父さんが口出ししないと、駄目でせう・・・と、言い返してやった。

言い返しながら、確かに、私はすぐに斜めに物を見る癖があって、度が過ぎると宜しく無いとは思いながら、ついついそう云う言葉を口に出してしまう。相手が自分の娘とは云え、年齢も考えれば、もう少し遠慮した物言いをすべきかなと、思う事も多い。
組み上がりました。何でも始めて一人で完成させるのは嬉しいものらしい。とても嬉しげな娘。早速自分の部屋に運んで戸を閉めて、勉強か、お絵描きか、何かゴソゴソとうごめく娘で・・・あった。

2012年5月22日火曜日

オカツ

 今日はプラモデルの日。夕食後に約1時間、取り組みました。

父と娘でプラモデルを作る時間が持てるのは、嬉しい。ついでに(妻が熱出してたので)、夕食も一緒に作った・・・ああ、嬉しい。
小さなパーツのバリも、ちゃんと奇麗にカッターで処理させる。どんどん、どんどん、手先が器用にな〜ぁれ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、学校の遠足で動物園に行った娘。美術科なので、ちゃんと動物のデッサンもした一日だったようですが、出かける前はオヤツ持参が禁止されたのを、とても残念がっていた。

確かに、遠足でオヤツが無いのは淋しい。しかし、規則は規則だ。先生の側にも色々と思惑があるのかもしれない。学校の規則がどれほどバカバカしい物であれ、自分で選んで入った以上は、先ずはそれに従うのが筋だ。

それを「支配」なんて言葉で表現する事の幼稚さも恥ずかしいが、ただそれに従うだけなのも、つまらない。

それならば、「オカズとして、オヤツを弁当箱に入れて持って行けば良い」という大人な指導をしてやったら、自分で何やらデザートなど作って、持って行った。

案の定、友達の多くは、こっそりと持ってきていたらしい。がしかし、オヤツ禁止は先生の勘違いだったらしく、一緒に行った上級生は皆、オヤツ持参だった。

なので、皆で先生にブーイングしたそうですが、それは違うんでないか、と私は大人な反論をした。

例え先生の勘違いであれ、オヤツは禁止と通達受けたにも関わらず、多くの生徒が(こっそり)持ってきていたのは、それは先生の指導に対する違反であり、既に違反を犯した者が、間違えを犯した先生を批判するのは筋違いである。

批判は、先生の指導の通りに、オヤツを持って来なかった者のみが、許されるのであると。

それと同時に、例え禁止されてるとは云え、物事の捉え方、解釈の仕方次第では、幾らでも抜け道はあって、自分で責任を取れる範囲に於いては、時には臨機応変に解釈し、対応する事も大事である事も、付け加えた。

つまり、今回、先生から言われた通り、オヤツを持って来なかった子は立派であったが、本来オヤツを食べられた筈のところを、食べられなかった訳で、残念な思いをした。

対して、オヤツを持ってきた子は、規則に違反する行為を行ったのだが、後に本来許される行為であった事が判明した事で、オヤツを食べる事が出来て、楽しい思いをした。

これがもし、無人島に漂着でもした話しならば、生き残れるのは明らかに、「規則に違反して持って来た」子のほうだろう。独り立ち出来る大人になるには、こうした図太さ、したたかさが必要不可欠だ。

それでも、オヤツを持ってきた子は、オヤツを持って来なかった子に、オヤツを分けてあげれば、全部丸く収まって、一件落着のように思えるが、「立派な大人な私」としては、「規則に違反してオヤツを持って来ていた」という部分が意識から捨てられるのが引っかかる。

やはり、この場合の正解は、「オヤツをオカズとして、弁当箱に入れて持って行く」というのが、一番大人な行為なのでは、あるまいか。

私は、自分の娘を、そういう大人として、育てて行く・・・つもりです。

2012年5月17日木曜日

プラモ楽しや

 娘の立体造型に対する造詣を深める為に、プラモデルを作らせる事にした。高校の美術科の授業では得られない(であろう)立体知識と作る楽しみを、私が教育してやる。

プラモデルは手先の繊細な使い方が、要求される。作業手順を考えるのも、勉強になる。作りながら、乗り物などの構造も理解出来るし、部品の形状も記憶に残る。実物や写真を見るだけでは得られない情報が満載だ。

絵を描く時にも、立体の記憶を助けに持てば、随分変わって来るだろう。
小さなパーツのバリも、一つ一つカッターで削る。カッターの使い方も上手になろう。
随分集中して作る娘。気に入った様です。昔、私が木工する前は、飛行機のプラモデルを作ってたのを覚えていて、興味はあったみたいです。

小さな頃は、紙を切ったり貼ったりして、一人で黙々と何かを作るのが好きな子だった。もしかしたら、絵を描くより、立体の分野の方が向いてるかもしれない・・・気もする。
完成です。約2時間で出来ました。始めてにしては、奇麗に組み上げましたね。娘も満足したみたいで、プラモデル製作も気に入ったようだ。

立体造形を勉強するためなので、色は塗らない。そこまでは金と時間はかけられない。成るべく安くて作り易いのを選んで、これから時々作らせるつもり。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
娘は、漫画家になりたい夢がある。それはいいが、漫画家になるなら普通科の高校に行って、一般教養を深く身につけろと、中学時代に云ってあった。

美術の学校に行くなら、漫画家以外の仕事を選べ、というのが、美術科入学の条件だったのを、先日の進路指導で美術大学のマンガ科コースを希望してたのが、バレた。

それで、私は烈火の如く怒りました。私には、アナタに数百万円もかけてマンガの学校に通わせる気は無い。第一、マンガは学校に金払って描く物では無いし、習って描くものでもない!なりたけりゃ、勝手になれば良いが、そんな金は出したくない。

美術科に入った以上、美術関連の仕事を目標にして、勉強してもらうつもりだ。お金になる仕事の技術を身に付けて、収入を得ながら、それでも望めば漫画家でも目指せば良い。

・・・などと、娘の才能も全否定しながら、これでもかとばかりに突き放してやった。

とはいえ、じゃあ今の学校で彼女が自分の進路を見定められるだけの、教育を施してもらえるのかと云えば、私はそうは感じてないのだ。

美術科だから、美術は熱心に教えてくれてるようだ。ただ、それはオーソドックスなお決まりな教育で、そこからどういった将来に繋げられるのか、そこまでは期待出来ない。

というより、期待する方が無理なのだろう。勉強は本来、自分自身で目的意識を持って自分で努力する他、無いのではないか。学校や教師の優劣を考えてても仕方が無い。

娘が将来何をするべきか、何に向いてるか、何がしたいのか、それを探るのもこの3年間なら、それを助けてやれるのは、本人以外には身内しか無い。一々親が助けてやるのも不本意だけれど、彼女をそのように育てたのは私だ。

なので、突き放してやったら今度は、拾ってやらないとイケナイ。私は、身体全部使って彼女のマンガ科コース行きを否定したので、その代わりの道を探す為の何かを、また身体全部使って手助けしてやりたいと思ってる。

父さんだって、自分の判断に絶対の自信があるわけぢゃあ・・・ないのよ。

2012年5月3日木曜日

不器用と意地

 一日休みを頂いて、久万高原町に出かけた。また、前回と同じ場所でワラビ穫り。何度穫っても楽しいワラビ穫り。
 それから、毎年恒例の竹森ガーデンでのお花見イベントに参加。娘と妻と、私の母の三人は、ブドウのツルを使ったカゴ編み教室に参加。無心に編んで行く三人。
 果樹園のリンゴの花が奇麗。
 妻の作品。始めてにしては上手に編めました。
 娘の作品。不器用で飽きっぽい娘は、途中でカゴを編むのを諦めて、「クモの巣のクモ」なんてオブジェを作った。アナタは、クモが大嫌いぢゃなかったのか?

上手く編めない苛立ちが、嫌いなクモの復活を成し遂げたのか。しかし、大丈夫なのか?アナタは美術科にも通ってる筈だが・・・。
美術科の意地。連休中のスケッチの宿題も兼ねて、野の花をスケッチしてる娘。

アナタのトボケた性格は、お父さんも大好きだし、取り柄でもあろうけれど、もうそろそろ無条件に笑っていられなくなりましたよ、父さんは。

今の楽しい高校生活も、3年経てば終わりだぞ。アナタは絵の世界で、一体何を目指したいの・・・かな?

2012年4月9日月曜日

入学式


 入学式です。お目出度うございます・・・自分で云ってみました。仲の良い母と子。どっちの入学式でせうか。

通学路の向かい側にある、公園の桜が満開なのですが、上手く写りませんでした。
 学校に着きました。本当に、入学式です。娘は学校から近いので、徒歩通学です。

慣れない革靴に、はや靴擦れが出来て、足を引きずってますが、校内では背筋を伸ばせと、後ろから父親の喝が入ります。
 理事長ご挨拶。いよいよ、入学です。これから3年間、美術の他、色々学びます・・・ちゃんと学んでおくれよ。
 校舎の中に入りました。私が学生の頃は、女子校だった学校です。県内で唯一美術科のクラスが1クラスあります。なので、クラス替えもなく、3年間同じメンバーで進級するらしい。
 これからは義務教育ではないんですよ、学ぶ気持ちの無い人は辞めてもらいますと、シビアなお話を担任から頂いて、少し緊張気味の娘。
 帰りは仲良しの友人と一緒。両親とは少し距離を置いて帰る。娘は背が低い。妻はもっと低い。

向こうに見えるのは、松山名物チンチン電車と奥道後バスのコラボ。松山〜な風景。
何を話しているのやら。嬉しそうですね・・・いいなぁ。

2012年2月24日金曜日

ウソのうそ

合板の玩具、今度はこんなデザインでチャレンジ。もう何年も何通りも、新しいデザインを探してますが、結局同じような物に収まるのは、必然か、個性か、引き出しと才能の少なさか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「中学や、高校の先生には随分と、色々な物を送ったからなぁ」と、娘の前で云う。「お陰で、希望の高校に入れて、本当に良かった。」

「え〜、お父さんは、そんな事する人じゃないけん。」と、嬉しい事を云ってくれるけど、果たしてそうかな?アナタは私の事を、どれほど知ってるのかな?アナタは自分の成績で、本当に入れたと思ったのかな?・・・・娘を揺さぶるのは、映画を観るより面白い。

娘には小さな頃から、楽しい事だけしたければ、悪い人になりなさい、と、教えてきた。悪い人は、イイよ、ラクだよ、ワガママ出来るよ、是非なりなさい。アナタが望むなら、お父さんは止めません。

ただ、お父さんは悪い人とは、お話しするのは苦手だから、アナタが悪い人になったら、きっと何もお話ししないと、思うね・・・なんて良く云った。これはどれもウソではないから、云い易かった。

「欲しかったら盗みなさい」「困ったらウソをつきなさい」「お父さんをしっかり叩きなさい」などと、しっかり教育もしてきた。娘が望むなら、そうすればいいし、そうするのが普通の人間ですよ。

その代わり、バレたら私も、自分の感情に正直にさせてもらうぞと、警告もしておく。「盗みたく無い。」なんて、物わかりの良い事を云ったって、「何故、盗まないんだ?バレなきゃ良いじゃん、お金もかからないし、良い事だらけじゃん!」と、もっと揺さぶってやった事でした。

親は成る可く、子供には本当の事を云って、教育してやらねばならない、なんて思っている。ウソは誰だってつく。それはつまり、ウソをつくのは人間として当たり前って事で、ウンチやシッコをするのと同じくらい自然な事だ。

だから、「ウソをついてはイケマセン」という躾はウソになる。ウソを考える頭は、人間の特権だから精一杯活用して、気の利いたウソなど考えつければ、大した物だ。

ただ、ウソをつかれたほうは、腹が立つ。これも当たり前の事だ。腹の立つウソなら、精一杯怒るし、良く出来たウソなら、それはそれで誉めてやっても良い。

そう、思ってたのだけれど、娘のウソは大抵解り易すぎて、腹が立つ程でも、誉めてやる程でもなく、仕方ないので、笑ってしまう場合が・・・多かった。

2012年2月13日月曜日

にぺん

「とても辛いランニングと、とても辛い山歩きと、とても辛い受け身と、どれがいい?」と、娘に尋ねたら、「とても辛い受け身!」って答えが返ってきましたので、今日(日曜)の夜は「とても辛い山歩き」を、する事にした。

と云っても、たかがしれていて、重りの入ったリュック背負って1時間くらい山を歩くだけだ。なので、途中で崖を登らせたりして、息を切らせてやった。

登り終えてすぐ、言葉の問題出して答えが間違ったら、また降りさせて登り直し。実は娘が、数の数え方を知らない事を、今日の夕方気が付いた。いっぺん、にへん、さんべん、よんへん・・・を、いっぺん、にぺん、さんぺん、よんべん・・・なんて云ってる。

それで山歩きの前に、正しい読みを教えておいたのだけど、崖の上で問題にして尋ねるとやっぱり間違えて、結局3回、崖を登って降りてを繰り返したのだった。

もっとも、私は小学生時代に、中々に「春夏秋冬」を順に云えなくて、母からあきられた記憶が有るし、娘の年頃は、普段使い慣れない言葉を中途半端に覚えてる時期だから、あまり深刻になる必要は、無いかもしれない。

子供時代はずっと、小さな借家住まいで家に風呂が無かったので、「風呂が沸く」という言葉を普段使わなかった私は、夏休みに親戚の田舎へ行った時、「風呂が炊けた」と云ったら、「今頃の子は言葉を知らない」と、あきれた顔をされたのが、悔しかった記憶が有る。風呂を沸かした事がないんだから、仕方が無いじゃないか。

・・・山を下りたら公園で、お気に入りの受け身の練習と、対刃格闘訓練をした。
角ノミ機使った作品完成。ちゃんと作品になって、良かったです。希望が持てそうです。
私は好きです、こういうデザイン。
かっこいい。
こちらは、ブナの友達シリーズに入れてもいいかな。後輪はウォルナットにすれば、もっと良さそう。

2012年2月7日火曜日

できた

 出来た・・・・・卓上細ベルトサンダー。
モーター馬力250W(マキタ卓上ボール盤)、ベルト長76センチ、ベルト幅3〜6ミリ、加工厚38ミリ、フトコロ19センチ。
上はベルトを送るベアリング 、下はベル トを支えて張りを生むベアリング。
テーブルの下にも、張りを生むベアリングがある。モータープーリーはボール盤オリジナルの物。プーリーの溝の幅ぶんのベルトが使える。

幅広のベルト使う場合は、このプーリーは外して自作すれば良い。
アームの構造と、モータースイッチの位置。木製ですが、しっかりしてます。モーター音は元々静かなのに加えて、本体が木製なので振動による騒音も無く、全体的にとても静かです。

モーターとベアリングが有れば、任意のサイズのサンディング機械を作れる事が、解りました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、娘と学校生活や友人の事など話していたら「私は、カツアゲだけはしない」なんて、断定的に宣言してる。なら、ゆすりやたかりはするのか?ってな具合だけれど、中学生くらいでそこまで自分を決めつけてはいけない。

「お金に困った時なんか、カツアゲしたら便利やん。」なんて、少し揺さぶってみると、「え〜・・・」なんて、不満そうな声を出して来る。私が誉めるとでも思ってたのか?

「お父さんに、見つからんようにしたら、お父さんは怒らんけん」なんて、甘い事も云ってみたけれど、娘の決意は変わりそうにない。

私の中学時代は、それはミジメな物だったから、当然何度もカツアゲされた経験がある。そうすると、見慣れた町の平凡な景色も、学校の教室も、一変して恐怖映画の背景になる。この世はこんなに理不尽の混じった空間だったのか、と知る事が出来た。

「私はカツアゲだけはしない」という発想には、「私はカツアゲされる」という発想が欠けている。そして、カツアゲする悪意より、カツアゲされる弱さの方が、集団社会で生きて行く上では問題なのだ、という事を娘は当然実感を持ってない訳だ。

もちろん、娘がカツアゲしている事が、解ったら、お父さんは身体全部使って、娘を叱りつけるのだ。

2012年1月22日日曜日

伊予柑ソフト

 娘の受験合格祝いに、家族揃って、ご近所観光旅行をした。先ずは、お約束だった焼き肉を食べに行く。親子共々、生まれて始めて焼き肉屋さんで食べる、焼き肉。
 次は何時になるのだろう?って事で、焼き肉屋さんの前で、記念撮影もしました。向かって右が、受験に合格した娘。左は、受験に合格した娘の母。
 焼き肉食べて、お腹一杯になったら、お城山に登って松山観光。観光客は、ここ(山頂)で伊予柑ソフトを食べるのが、昔からの習わしじゃ(400円もするのじゃ)。

とってもお高い伊予柑ソフトは、受験で合格でもした記念でもないと、松山の子供たちは、食べる事が出来ません。

今日は日曜日とて、海外からの観光客が多かったようで、顔は同じだが、違う言語が飛び交う城山山頂。
 寒い山頂で、ソフトクリームの3兄弟が、観光客をおもてなし。さすがチョイ南国松山。この時期に至ってまだ、ソフトクリームが主役。オールシーズンソフト!
 何か、変な生き物が、銃眼から覗いていました。受験に合格した女の子でしょうか。
帰りは、文鳥たちのお墓参りもして、合格の報告もしました。君たち(文鳥)のお陰だよ、なんて、心にも無い言葉もかけてやる、受験に合格した娘の父親。

こうやって、ドンドン成長して、次のステップに進んで行く娘は、なるほど、次第に遠い存在になるのかもしれませんが、今の所は、相変わらず親にべったりな娘で・・・あった。